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新装『大東亞ナビ』
 もうすぐ新しい年を迎えるということで、デザインを換装してみました。この手の頁(いわゆるブログ)のデザインを一から組むのは初めてでしたが、それなりにできて一安心です。ちなみにFirefoxなんかに対応する気はさらさらないです。IE推奨ということでお願い申し上げます。

■機能的な変更点
  • 記事の幅を広げスペースを有効活用。

  • 「月別」がドロップダウンリストになりました。

  • 各記事のタイトルをクリックすることで個別記事頁に移動します。

  • 「コメント」→「意見具申」、「トラックバック」→「被参照」、「続きを読む」→「續きを讀む」。ますます分かりにくいサイトを目指しています。
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| 【2007/12/30 22:12】 | 大東亞ナビについて | 被参照(0) | 意見(0) |
市大ナビ代表辞任に関するメモランダム
『市大ナビ』ご利用者様各位

 いつも『市大ナビ』をご利用いただき、誠にありがとうございます。

 平成二〇年一月一日をもって代表を引退させていただくことを決定致しましたので、ご報告申し上げます。
 私の任期中におきましては、代表として至らない点も多々有ったかと存じます。それにも関わらずご愛顧を賜ったご利用者の皆様に、心より感謝しております。

 今後とも引き続き、『市大ナビ』を宜しくお願い申し上げます。
| 【2007/12/25 18:51】 | 市大ナビ | 被参照(0) | 意見(0) |
クリスマス・メッセージ
 「クリスマス・メッセージ」とは、一二月メモランダムとも呼ばれる、支那における英国の外交方針を宣言した覚書である。これは一九二六年一二月一八日に北京の各国外交団に対し発表され、二六日に一般に公表された。
 覚書の内容は、北京政府の権威が低下する一方で広東国民政府の影響力が増大しつつあることを認めた上で、ワシントン付加税増徴無条件承認と支那における歳入の外国支配からの完全開放とを提案するものであった。すなわちこれはそれ以前の、北京政府を支那における唯一の正統政府と認め、且つ国民政府の影響下にある(そのことは直ちにコミンテルンの影響下にあることを意味する)国権回収運動に対する武力干渉を辞さない、という英国外交の方針を大転換させたものとして、重要な意味を持つ文書である。
 これはしばしば英国外交の「撤退」であるといわれるが、英国政府の意図は、大陸における英国権益のある部分において譲歩することによって、より根幹を成す権益の防衛を確実にすることにあった。
 しかしながら、一九二六年一二月に表明されたこの方針が、現実の外交に即座に反映されたわけではない。一九二七年一月、漢口の英国租界が中国国民革命軍によって暴力的に回収された(漢口事件)。三月二四日に国民革命軍は南京に進攻し、現地のイギリス・アメリカ・日本人が暴徒の襲撃を受けた(南京事件)。英米は事態を収拾するために南京市街に向け揚子江上から砲撃を行ったが、英国の要請にも拘らず、幣原の大陸不干渉政策のため日本はこれに参加しなかった。英国は幣原の方針を勿論快く思っておらず、それ故田中内閣が一九二七年五月の第一次山東出兵を決定した時にはこれを歓迎し、且つ自ら華北治安維持のため部隊を派遣した。
 田中内閣はまた一九二八年四月に居留民保護のため第二次山東出兵を閣議決定した。五月三日には帝國陸軍と国民革命軍との武力衝突に至った(済南事件)。この事件により、従来英国を主敵としてきた支那の排外運動は、以後は日本を標的とするようになった。その意味で、この時期には英国外交の方針転換は功を奏してきており、英国は対日協調には見切りをつけていた。
 英国が日本との協力を求めたとき日本はそれをにべもなく拒み、逆に日本が英国との協力を求めたときには英国がそれを退けた。その転換点が八一年前のクリスマスにあった。

参考文献
 河合秀和「北伐へのイギリスの対応―『クリスマス・メッセージ』を中心として―」『ワシントン体制と日米関係』東京大学出版会、1978年、pp.157-189
 服部龍二『東アジア国際環境の変動と日本外交1918-1931』有斐閣、2001年
 イアン・ニッシュ「イギリスの戦間期(一九一七-三七)国際体制観における日本」『日英関係史1917-1949』東京大学出版会、1982年、pp.45-80
 後藤春美『上海をめぐる日英関係1925-1932年 日英同盟後の協調と対抗』東京大学出版会、2006年
 中西輝政『日本人としてこれだけは知っておきたいこと』PHP研究所、2006年

ジャンル:政治・経済‐テーマ:歴史

| 【2007/12/25 18:23】 | 政治史・外交史 | 被参照(0) | 意見(0) |
イージス護衛艦「こんごう」弾道弾迎撃実験成功
 イージス護衛艦「こんごう」に搭載された海上配備型迎撃ミサイル(スタンダード・ミサイルSM-3)の発射実験が17日午後(日本時間18日午前)、米ハワイ・カウアイ島沖で行われ、模擬ミサイルの迎撃に成功したようです。
 我が国において初の実験成功というだけでなく、米国以外において初めての成功ということで、これは極めて有意義です。

 この成功により、BMD(Ballistic Missile Defense)構想が更に現実味を帯びたことになります。ブッシュ政権の初期構想においてはミサイル防衛は「NMD(National Missile Defense)」及び「TMD(Theater Missile Defense)」として研究されており、現在においてはこれらは統合されMD(Missile Defense)と呼ばれるに至っています。今回の迎撃に使用されたSM-3対空ミサイルは、TMDの一部をなすNTWD(Navy Theater Wide Defense)に使用するミサイルとして開発されました。SM-3は日米共同技術研究の対象となっており、日本側は「赤外線シーカ(標的の識別・追尾)」、「ノーズコーン(赤外線シーカを保護する部分)」、「第2段ロケットモータ(全3段からなるロケットの第2段目)」、「キネティック弾頭(目標を直撃し破壊するための弾頭)」の4構成部分の開発に携わっています。

関連リンク
 護衛艦「こんごう」SM-3発射試験の結果について(MOD)
 ミサイル迎撃試験に成功 海自イージス艦(MSN産経ニュース)
 SM-3 実射テスト迫る(朝雲新聞社)
 防衛省技術研究本部 誘導武器担当(防衛省技術研究本部)
関連文献
 金田秀昭『弾道ミサイル防衛入門 新たな核抑止戦略とわが国のBMD』かや書房、2003年

ジャンル:政治・経済‐テーマ:軍事・平和

| 【2007/12/18 12:34】 | 兵噐・技術 | 被参照(0) | 意見(0) |
ATD-X「心神」関連


 ATD-X「心神」は、防衛省技術研究本部が三菱重工と共に開発を行っているステルス機。

 写真を見る限りではイーグルとラプターを足して2で割ったような形をしています(勿論開発が進めば形状も変わるでしょうが)。「心」のネーミングセンスは極めて良好。
 周知のように、国産ステルス機開発は米国がF-22の提供を渋ったために進められているわけですが、これはむしろ、我が國の軍事産業にとっては絶好のチャンスであるとおもいます。というのも問題の背景は「FSX問題」に通ずるところがあり、米国が今の態度を改めなければ、F-16のコピーに成り下がってしまったF-2のカタキをとることができるわけです。自業自得です。
 また、政治的独立を確保するためにも自力で技術開発を行うことは肝要です。いつまでも亜米利加様に手綱を握られているわけにはいきません。

 ただ陸上ステルス戦闘機もいいですが、そろそろ艦載機の運用も考える時期なのではないかとおもいます。

関連リンク
 トピックス(防衛省技術研究本部)
 朝雲ニュース(朝雲新聞社)
関連文献
 手嶋龍一『ニッポンFSXを撃て』新潮社、1991年

ジャンル:政治・経済‐テーマ:軍事・平和

| 【2007/12/06 02:57】 | 兵噐・技術 | 被参照(0) | 意見(0) |
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